2013年1月1日火曜日
約1年ぶりの投稿です。
このブログにはほとんど投稿しておらず、こちらのブログで活動しています。
(市民財政白書ラボhttp://zaiseihakusho.blog24.fc2.com/)
さすがにGoogle検索でNo1になることはなくなりましたが、(現在は私のHPがトップ)まだ上位にランクインさせていただいております。
昨年は小金井市での取り組みが新聞に取り上げられたりなど、脚光を浴びましたが、今年も財政分析、議会改革などのテーマとして、市民にわかりやすい情報を発信していきたいと思います。
今年のおすすめリンク
市民財政白書ライブラリー (私のHPです。Googleで市民財政白書で検索するとトップ)
小金井市財政講座の集い (小金井で財政関係の勉強会などを行なっています。)
市議会報告会を聴く会 (議会改革を市民から推進する会です)
白井とおると小金井を面白くする会(小金井を盛り上げるために活動している団体です。)
昨年の公表作品
小金井市財政白書平成22年度決算(新聞などにも取り上げられました。)
女王様と萌え萌え三姉妹 (地方交付税と地方債を勉強するマンガです。)
よい議会ってなんだろう? (議会改革についてのマンガです。)
2010年4月29日木曜日
行政経営フォーラムのツイッタープチ例会に参加しました。
2010年4月23日金曜日
勉強のため?政務調査費でゴルフ本購入
「「ゴルフ雑誌は、校庭に芝生を敷くための資料」「メタボ対策の料理本は、子ども会でカレーを作るため」——。市政調査や研究のために使う政務調査費(政調費)で、岐阜市議がこんな理由をつけて、こんな本や雑誌を買っていたことがわかった。市議は「勉強のために必要」と主張しているが、チェックをすべき市議会事務局は「最終的には議員の判断だ」と及び腰だ。
ある岐阜市議は、08年度の収支報告書に、購入した書籍3冊(計2040円)について、「道路地図」「地図」と記入していた。添付されたレシートに書名はなかったが、「図書コード」を調べると、それぞれ、「内藤雄士の500円で必ず上手(うま)くなるアイアンショット」(525円)や「ゴルフメカニック」(990円)など、3冊ともゴルフ関連書籍だった。」
あきれた実態というか、一部の議員かもしれませんが、こういうことがあると、議会不要論が出てしまいますね。
2010年4月4日日曜日
平成22年度予算@日野市議会中継
2010年4月2日金曜日
E-小金井市議会
2010年3月24日水曜日
河村市長の議会改革案否決、名古屋市議会委
「名古屋市議会の常任委員会は23日夜、河村たかし市長が提案した議会改革条例改正案を否決し、新規施策を一部削って組み替えた2010年度予算案を修正、可決した。
また、民主、自民、公明の主要3会派は、昨年12月の臨時議会で成立した「市民税10%減税」の実施を2010年度だけに限定する改正条例案を可決する方針を決めた。24日の本会議で、議会改革の条例改正案は否決、修正予算案は可決される見通し。
議会改革案は、議員の定数を75から38、報酬を1人あたり年間1633万円から同816万円にそれぞれ半減させ、政務調査費も廃止するもの。しかし、議会側は「半減させる根拠が不明だ」などと反発し、独自の改革案をまとめ、今月19日に全会一致で可決した。
一方、恒久的なものとして河村市長が公約し、昨年12月に成立した「市民税10%減税」についても、議会側は「減税のために市民サービスが低下する」として、とりあえず単年度だけに限定した上で、予算案も修正。名古屋に企業や住民を誘致するといった市長肝いりの新規施策を次々にカットすることを決めた。」
報酬が一人当たり年間1633万円って本当? 議会費の間違いじゃないか。 (日野市の平成20年の議会費が一人当たり1500万。)ということで調べてみた。
名古屋市の議会費は平成19年度で24億円。議員75名で割ると、3200万。議会費ではない。
決算カードで見てみると、議員報酬は月額99万円。12ヶ月で1200万。
そうすると、ボーナス400万ということになるが、ずいぶん高い?
ちなみに日野市は平成20年度で議員報酬16439万円、ボーナス8374万円なので、
一人当たり、報酬633万円、ボーナス322万円。合計955万。
報道によると、「年間800万円じゃ議員になろうとする人はいない」といっている議員がいるとのことですが、それはいいすぎ。多くの市町村議会議員はそれぐらいでやっているのでは。
それと注目したいのは政務調査費、月50万円だとか。年間600万。これは高いぞ。
日野市は”年間”50万円です。日野市の12倍。一人当たり。
まあいくらが妥当かというのはわからないのですが。
今後の名古屋市に注目です。
2010年1月13日水曜日
議会活用 市民向け「トリセツ」
町田市の市民団体「まちだ市民情報センター」(卯月慎一代表)が、市議会の 仕組みや、議会への請願の仕方などをわかりやすく解説した
「市民必携@議会のトリセツ(取扱説明書)」
を発行した。卯月代表は「市民の小さな思いを議会に反映させるため、どう議会や議員を活用していくかを紹介した」と話している。
同センターは1997年、市民に自治や議会に関心を持ってもらおうと設立された。会員は会社員ら約50人。講座を開いたり、市長選で各候補の公約についてアンケートしたりしてきた。今回は、メンバー7人で編集委員会を作り、1年がかりでまとめた。
発行元のHPはこちら。
2009年12月28日月曜日
「住民投票」悩む扱い
日野市でも自治基本条例を策定しようという動きがありますが、進捗状況は不明。
記事では、小平市の場合公募市民61人による素案では住民投票はいわゆる常設型(市民の署名によりいつでもできる)だったが、議会を通る内容にするため、「市民による投票を実施することができる」程度のないようになったとのこと。
東村山市の例では「東村山市の『(仮称)自治基本条例』をみんなで考えるための手続に関する条例」と、市民参画の手続きを定める条例の手続きを定める条例というややこしいことになっているようです。
八王子は、住民投票については記載がありません。
(ちなみに自治基本条例の意義はまちづくり研究はちおうじのこちらの講演が参考になります。)
住民投票は住民の意思を確認する手段としては有効と思われますが、一方通常であれば立法の過程で反対派を含めた議論をしていたものが、YesNOの投票になってしまったため、立法化のプロセスがすさんでしまい、その後の市民の間の対立がかえって深まるなどの問題があるそうです。(民主主義の未来のブックレビュー参照)
意見が対立するとどうしても、一気に決着をつけようとしてしまいがちです。住民投票を導入するにせよ、途中で熟議のプロセスをいかに盛り込めるかがポイントと思います。
住民投票の制度を盛り込むことに議会が反対するケースが多いですが、議会と住民投票の大きな違いは、その前に十分な議論ができるかどうかなのではないでしょうか。では、議会は十分な議論をしているか?というと(裏で根回しはいろいろしているのでしょうが、)議事録を見る限りは主張はしていても、議論は十分していないのではないかと思います。
議会が議論をせず、多数決でなんでも決着をつけるならば、住民投票をした方がよいということになります。住民投票により議会が云々いうよりも、まず議会の議論の活性化が先だと思います。
2009年12月20日日曜日
ブックレビュー 民主主義の未来
図書館で借りました。市民参画の本って分類は何になるんでしょうかねぇ。
政治?行政?社会学? 図書館でも本屋でもなかなか探すのに苦労します。
ということで直接市民参画に関係するわけではないですが、面白そうなので借りてみた。
内容は大きく2つ、全体の3/4ぐらいを使って主に歴史的なこと。
我々はつい自由と民主主義とセットで考えがちですが、自由主義なしで民主主義(の制度)だけを持ち込むと多数による専制になる危険性があること、自由主義に基づく民主主義となるためには豊かさが必要であることを指摘しています。
最後の章で1970年代以降のアメリカの政治が国民から信頼を失っていることをあげ、その原因が民主的な制度から来ていることを指摘し、民衆からの圧力から独立したエリートの必要性を唱えています。
いろいろと面白く勉強になり、かつ読みやすかったのでお勧め。
前半と後半からなるほどと思った部分を引用します。
「(資源国が豊かでありながら自由にならないことについて) 安易に金を得る国は政治的には未成熟である。あぶく銭が手に入るなら、政府は国民から税金を徴収する必要がない。政府が課税するときには公共サービス、アカウンタビリティ、立派なガバナンス、さまざまな市民権や代表権などの見返りを与えなければならない。現代社会では課税権と代表権との折り合いをつけることで政府は合法性を認められる。」
日本は資源がないからだめという人もいますが、資源がないから自由になれるという面もあるということ。
「(アメリカでロビイストや利益団体の力が大きくなった理由として) アメリカ人の多くは議会を日常的に監視する時間も関心も趣味もない。しかしロビイストや政治活動家は議会の監視を怠らず、彼らの代弁するグループが連邦予算と法律の面で厚遇されるように働きかける。」
アメリカ人のところを日本人に書き換えても最初の一文は当てはまりそう。また軍服に使われていた羊毛が戦略的軍需品であるとして1993年まで農家に1億ドルの補助を出し続けていた例を挙げ、
アメリカ政府は「白骨化した事業を大量に冷凍した巨大な塊」との指摘を紹介しています。
またカリフォルニア州の住民投票の例を挙げ、住民投票によりこれまで立法の過程で反対派を含めた議論をしていたものが、YesNOの投票になってしまったため、立法化のプロセスがすさんでしまったと解説。
「君主が専断的な命令が支配したら政治は機能しなくなるように、民衆も君主と同じようにふるまったら政治は機能しない。」
というのにはなるほど。ちなみにカリフォルニア州では財政に関するいろいろなことが住民投票で決められて制約条件が生じ、現在の財政難につながっているようです。
(今回から文字のサイズを大きくしてみます。 これまでのも必要に応じて大きくします。)
2009年12月10日木曜日
河村・名古屋市長、議会の減税修正案に「再議」
MSN 12月10付け記事
「名古屋市議会が可決した減税条例案の修正案を再議する臨時議会は18日までに招集されることが10日、決まった。再議では、出席議員の3分の2以上の賛成が必要なため、修正案は廃案となる可能性が高い。」
市長が提出した案に対して、修正案では低所得者への減税額を増やしたそうなのですが、市長から「徴税コストよりも安い税金はあり得ない」ということで審議のやり直しとなったとか。
市長選のときは減税は批判されていたように思うのですが、さらなる減税案が議会から出てくるとは意外。減税は無駄の削減によって財源は確保するとのことでしたが、そちらの方がどうなっているかも気になるところです。
2009年11月27日金曜日
小松島市 議会が作る財政白書
http://blogs.yahoo.co.jp/jcjc270/folder/1082138.html?m=lc&p=1
(議会の?)行財政改革委員会が開かれ、議会がつくる「財政白書」について実務的な協議にはいりはじめているようです。いろいろな市の財政白書を集めている模様。
小松島市議会では、議会報告会を市民に対して行うなど、議会改革を進めているようで、多くの市が視察に訪れています。
また2005年に財政非常事態宣言を行っているようですね。
議会主導の財政白書はあまりない事例と思いますので、今後とも注目です。
2009年11月4日水曜日
ブックレビュー Eデモクラシーへの挑戦
ブックレビュー eデモクラシーへの挑戦 藤沢市市民電子会議室の歩み
金子郁容・藤沢市市民電子会議室運営委員会 岩波書店 2004年4月発行
1997年にオープンした藤沢市の市民電子会議室についての本。
今でも電子会議室はあります。(こちら)
97年といえば、Windows95の時代でまだ会社でも一人一台になっていなかったころではと思います。
ちなみにこの本によると2002年12月現在733もの自治体で市民電子会議室が開かれているのだとか。
意外というか知りませんでした。その中でも藤沢市は成功している”稀な”事例といわれているのだとか。
○電子会議室設立のきっかけ
1981年から16年間にわたり「地区市民集会」というのを開き、提案や要望を受けていたとのこと。
これでも当時としては先進的だったと思うのですが、
・提案に対するフォロー体制がない
・若い人の参加が少ない(30代以下が6~7%)
・一方的になりがち
という課題の中から生まれたようです。
○当初は
・市民からの要望・質問に対して、市の職員が応えるというようなものが多かったようですが、だんだん市民同士の対話になっていったようです。
○難しい点
・市の職員が発言することはいろいろと難しいようです。責任が生じるとか、市としての公式見解であれば上の決裁が必要だとか。
・確かに例えば会社のHPに外部の人が見れる掲示板があったら、社員としては書きにくいですよね。
・また議会に話す前に情報提供するのはどうか というような意見もあったようです。
・別項でも紹介しましたが(自治を担う議会改革のブックレビュー)、先進的な自治体であるような「行政と議会と市民の危ない関係」が生じてきたとか。
○荒れない?
・いろいろな自治体から質問があるらしいですが、「問題発言があった場合はどうするの?」という質問が多いとか。
・本書では、荒れない雰囲気を作るノウハウ。お互いに注意し助け合う風土。をあげています。
簡単に書いてますが、それが難しいんでしょうねぇ。
○市政への反映
・電子会議室での内容を運営委員が提案としてまとめているとか。実際に市政に反映されることが多く、これがやる気を高める要因にもなっているようです。
・私の経験からすると、実際にまとめるというのは大変で、まとめられるというところがすごいところだと思います。
○直接民主主義
・ネットがあれば直接民主主義ができるというニュースをアップしましたが、(こちら)39万人のうち会議室に登録している人は2500人。
100人に一人以下のようです。とはいえ、「○○策定市民委員」とかで集められる市民の数よりははるかに多い人数が参加できると思います。
・参加している年齢層は20代と30代で半分以上となっており、市民会議に参加できない市民への新しい市民参加のルートとなっているようです。
・電子会議室のよいところは、単に賛否を問う式の多数決による民主主義ではなく、また質問と回答でもなく、議論を通じてより高いレベルの政策決定につながることなのではないかと思います。
・その意味で、議会も議員が質問書を読み上げて市長が回答を読み上げるというだけではなく、議員同士が議論をしそれを市民に開いていくことが求められているのではないかと思います。(議員同士の議論を認めている市議会もありますが。)
2009年10月25日日曜日
東浩紀「SNS直接民主制」提案
「ネットがあれば政治家要らない」のタイトルで発信。
批評家の東浩樹さんが、「朝まで生テレビ」で、「インターネットを使った直接民主制」の可能性について語った。
「今回、政権交代が起きて、『官から民へ』とか、『国民が政治をコントロールできるようになった』と言っているけれど、僕は、 ネットワークや情報技術の革命はすごく本質的だと思う。これまで政治家の仕事はいろんな人たちをつなぐことだったが、つなぐだけだったらインターネットで もできる。そうなると、これからの社会はもしかしたら、こんなに政治家っていらないのかもしれない」
と指摘。従来の選挙システムに代わる、ネット時代の新しい政治システムがありうるのではないかという考えを示した。
「国民が政策にじかに介入できるようにちゃんとシステムを作って、政策審議過程を全部透明化し、パブリックコメントのシステムを もっと洗練された形にすることによって、全然違う政策の作り方ができるかもしれない。たとえば基礎自治体(市町村)のいくつかなんて、SNS(ソーシャ ル・ネットワーキング・サービス)で運営すればいいと思う。ミクシイとかで」と発言したことがニュースになりました。
ーーーー以下は私のコメント
ネットによる直接民主主義の可能性については、例えば法案の賛否等について、案件ごとにネットで投票する時代が一度くるかもしれないと考えたことはあります。政治家は何について賛否を問うのか、という課題設定と法案づくりが役割になるのではないかと。
ただ、実際年間に国会にかけられる案件は法案だけでも200件とかいうレベルであり、一度それが実現した暁には、市民は毎日のように送られてくる法案の説 明文書に悩まされるのではないかと。説明文書と各党からの趣旨の説明のお知らせと、いろいろな団体からの説明のお知らせと。
一旦その状態を経てから、法案の種類ごとに専門家に任せる時代がきて、次にそれも批判が高まって・・・というように、専門家主導と広く意見を聞くとの間で、揺れ動きながら進んでいくのではないか(時間軸としては数十年スパン)と勝手な未来予想をしたりしています。
2009年10月24日土曜日
地方自治体における政治主導2
今回は「地方自治体における」場合について考察してみました。
○政治主導=議会主導?
地方自治体は二元性で、議会は行政をチェックする役割であることを考えると議会主導で政策を決定し、行政を運営するというのは変。
○政治主導=市長指導?
市長がリーダーシップをとることが政治主導なのでしょうか?市長は(副市長を外部から呼ぶことがあるかもしれないが)基本的に一人であり、内閣のような形での政治主導とするにはかなり無理がありそうな気がします。
○国と地方自治体の違い
国政と比べて地方自治体は、一人ひとりの国民・市民と行政との距離が近い。
国政の場合は直接的に国民の声を聞くというのは無理があるので、国民が直接選んだ議員から選ばれた内閣を主導とすることで、国民の声を政策に反映させるという考え方があったのではないか。
市政で考えると、直接的な市民の声を聞くルートはいろいろ開発されつつあり、単に市民から選ばれた市長がトップダウンで方針を示していくということのほかに、直接市民の声や知恵を取り込む方法を考えていくことが、地方において政治主導が目指す実質を実現することになると思われます。
もっともこれは市町村の規模によって具体的なあり方はそれぞれ異なると思いますが。
○国と地方との関係
地方で政治主導という言葉があまり使われないのは、つまるところ国主導だったからではないか。
市長は市民から選べているが、行政として何をやるか、どうやるか、お金はどうするかということについて、市民の声を反映しようにも国や都道府県にほとんどを決められてしまい、市として裁量を発揮する余地は限られていたように思われます。
市民にとっては、政治家が決めたものであれ、中央官庁の完了が決めたものであれ、国の基準として上からドーンとくるのでは、どちらでも対して変わらない(悪さ加減という意味で)と思います。
政治主導が国民・市民の声の反映を目指しているものであれば、地方分権というのは必然の流れになってくるのではないでしょうか。
2009年10月18日日曜日
決算書を読むシリーズ 議会費
定員26名で割ると、一人当たりにすると1057万円です。
その他事務局職員の人件費が90百万円となっています。
その他映像データ作成に223万円、議事録作成で約500万円使っています。
(検索システムは25万円、使っても費用が増えるものではないと思うので、使ってみよう。)
よく政務調査費のことが取りざたされますが、どこに含まれるかは不明。
(10/19追記:1345万円が別立てで計上されていました。一人当たり50万ぐらい。負担金・補助及び交付金に分類されていました。)
(2/19修正 一人当たり50万と書くべきところを500万としていました。本文はすでに修正済みです。お詫びをして訂正します。)
人口一人当たりの議会費はというと大体2400円ぐらい。
平成19年度で比較すると、人口規模の同じぐらいの市は一人当たりの議会費は同じぐらいのようです。(2300円~2500前後)。一般的に人口が多いほど一人当たりの費用は少なくなるようです。
八王子市は一人当たり1200円程度、逆に人口が5万人程度だと4000円台ぐらいになるようです。
ちなみに平成20年度の本会議時間は約100時間、委員会は84時間。議員からの条例案の提出は1件とのこと(事務報告書より)でした。
2009年10月17日土曜日
ブックレビュー 自治を担う議会改革
地方自治体(主に市町村レベル)の議会の今後についての本。
まず最初に地方分権により積極的な役割が求められているとしながらも、一方で市民参画や首長のマニフェストにより議会が蚊帳の外に置かれている現実を指摘しています。
三鷹市の事例として、基本構想策定のために「みたか市民プラン21会議」を設置し、公募住民375人により、分科会を含め300回以上の会議によって「みたか市民プラン21」が提案され、「市民が出した結論をその市民によって選ばれた議員が覆してよいのか」という命題が重くのりかかり、議会では反対できなかったという。議員は議会で議論できるゆえに市民参加に参加できず、市民参加の結果を受け入れるしかないというのである。しかも会議の主要メンバーには直前の市議会議員選挙で落選した候補者が並んでおり、「市長は選挙で当選したわれわれより落選した連中の意見を重視するのか」と不満続出だとか。
日野市も市民参画を盛んに進めているなか、他人事ではありません。
著者はこれに対し、今後の議会のあり方として、協働型議会を提案しています。
協働型議会は、行政の監視機能・政策立案機能(本中では監視型議会と書いてあるのですが、そういう形の議会が別にあるように読めてしまうので、あえて機能ということにしました)議会への住民参加を促し、市民社会の醸成を図る機能を持つことで、分権社会にふさわしい議会に改革すべしと提言しています。
具体的には、議会事務局の機能強化(議員との信頼関係構築など)、議会そのものへの住民参加の促進、議員同士が討議をする仕組み(市長への質疑だけではなく)などを提案しています。
その他、住民投票について、議員の在り方について、議員のマニフェストについても論を展開しています。
特にP101の協働型議会の議員を考えるフローチャートは考え方が非常に整理されており、参考になります。議会に求められている役割の一つとして、公開の討論による政策や優先順位の決定があるものの、現実としては議論があまりないという現状があります。今後議員同士の討議を活発にしようと思った場合、討議可能な人数として、本会議を中心とするならば10人程度、委員会を中心とするならば6~10名×常任委員会の数が議員の定数として適当なのではないかという提言がなされています。
2009年9月30日水曜日
日野市議会 定数2減24に 改正案可決
「日野市議会は28日、本会議を開き、議員定数を現行の26から2削減する定数条例の一部を改正する議案を追加提案し、賛成多数で可決した。
現市議の任期は来年3月8日まで。新しい議員定数は、同年2月14日告示、同21日投開票の日程で実施される市議選に適用される。
本会議では、「市民の森ふれあいホール(仮称)」建設に関連する経費として約3億5700万円を盛り込んだ今年度一般会計補正予算案なども可決したが、議案審議のため29日午前0時2分まで延長し閉会した。」
とのこと。不覚にもこのニュースを見るまで、定数減の動きは知りませんでした。
2009年6月21日日曜日
ブックレビュー 地方分権と地方自治
地方分権と地方自治 佐々木信夫著 勁草書房 1999年発行
この本は筆者が研究してきた「地方分権と地方自治」についての成果を体系的にまとめたものとして、いろいろな角度から問題提起をし、改革指針を探った ものとのこと。(本書はしがきより)
地方分権一括法施行前の少し古い本ですが、内容は今でも通じる部分が多い。基本的には行政の立場で分権化の中で、政策を作る主体として自立する自治体としていかにあるべきかに重点が置かれているように思います。
特に面白いと思ったところを何点か。
1.機関委任事務について
昨日のコラムで機関委任事務が法定受託事務になったことについて書きましたが、第3章の中で機関委任事務の問題点について、本来地方の代表であるべき市町村長が、国の地方機関としての役割を負わされ、なおかつ国の仕事なので、地方議会も異を唱えることができない状態になっていると問題点を指摘しています。
ちなみにその機関委任事務が都道府県で8割(!)、市町村で4割もあったのだそうです。
・昨日のコラムでは「変化がよくわからない」と書きましたが、法定受託事務になることでこれからは市町村長の自前の仕事となることで5年、10年経つうちに自分の地域にとって必要な仕事は拡大し、そうでないものは縮小するという具合に、「権限行使のやり方しだいで自治体行政は大きく変わる」と評価しています。
つまり、この改革を生かすかどうかはそれぞれの自治体に懸かっているというわけです。
2.自治体リストラ3つの側面
リストラというと業務の効率化、スリム化をまず思い浮かべますが、それはリストラの中でも「事業体のリストラ」という一側面の過ぎず、その他「政策体としてのリストラ」(政策を考える能力の向上)、「政治体としてのリストラ」(住民自治の活性化、特に議会の改革)が必要と指摘しています。
3.官僚主義の表れ方
アメリカの社会学者R・マートンが官僚制の問題として「あるべき官僚制像が職員に内面化されると期待とは逆の方向に過剰表出される」ことを指摘しています。つまり
①規律による原則を徹底 → 法規万能主義、手続きが細かく煩わしい
②公平無私を徹底 → 不親切で尊大横柄に
③明確な権限の原則 → たらいまわし、責任回避
④身分保障 → 仲間意識、特権意識
最近では
⑤住民参画・民間委託 → 必要以上に丸投げ を追加してもよいかもしれません。
このような官僚主義の罠にはまらないよう、住民に対して開かれた自治体づくりに向けた改革が必要としています。
官僚主義は民間企業にも当てはまる部分もあり、自らの問題として認識する必要がありそうです。
4.稟議制の理解の仕方
稟議制(計画や決定が末端の職員によって起案された稟議書を関係者に順次回覧してその印を求め、さらに上位者に回送して最後に決裁者にいたる方式)があるため、誰が究極の責任の帰属者かわからないという問題が指摘されています。
これに対して、この書では「上位者が印を押した時点で下位者の責任は消え、上位者の責任だけが残る」と考えるべきである。としている。「部長に代わってヒラが起案しているだけであって、ヒラがやりたいことを部長が追認しているというものではない。事件が起きたときに『俺は知らなかった』『俺ははんこを押しただけ』という言い訳は通用しない。」
と厳しい。アカウンタビリティの明確化が求められる現代において稟議制が問題なのではなく、その理解の仕方が問題としている。
2009年3月2日月曜日
連載 財政白書の未来 第9回
第九回 財政白書とコミュニケーション
行政が作成する場合でも、市民が作成する場合でも、市の財政状況全般に関する白書(総論編)の目的は主に「多くの市民に市の財政状況を知ってもらう」ということにあり、受け手を強く意識するにせよ、情報の発信というところに重きが置かれることになります。
一方、各論について分析され、白書が作られるようになると、単に市民に知ってほしいということに加えて、
行政側としては「施策に理解を示してほしい(施行がスムーズにいくようにしたい)」
市民側としては「行政にわれわれの考えを反映してほしい」 という方向に向かっていくものと思われます。
つまり発信するだけではなく、その結果を求めるようになってきます。
財政状況を市民に広く知ってもらう究極の目的としては、市民参画による「市の施策策定力の向上」「よりよいガバナンスの実現」があると考えられます。しかしながら、その実際を考えると簡単ではありません。
財政白書の未来形において、共通のデータに基づき分析し、それに基づいて議論をするということになっていますが、その議論はどのようになされ、どう反映されていくのでしょうか。
例えば市民が財政白書を発行していますが、行政はその声をどう受け止めればよいのでしょうか。
~行政や市民が財政白書を発行することによる効果はいまのところまだ明らかになっていません。
例えばごみ処理場など市民の間で議論を巻き起こす問題についていくつもの市民グループや個人が白書を作って、ネット上に上げたりしている場合はどうすればよいのでしょうか。
行政としてはこのようなものについて、無視を決め込むこともできるのです。個人のブログや街角での雑談と同様に片付けてしまうことは簡単です。
近年は市民参画やパブリックコメントなど市民の声を取り入れる取り組みが行われていますが、「そういうものが無しで済ませられるものなら済ませたい」と本音で本気で思っていたら、いかなる仕組みがあっても意味はないでしょう。市民参画、市民参画と唱えても、その声が反映されていないとわかれば参画する市民はいなくなります。最悪の場合には、一部の有力な議員や圧力団体のコネを通して見えない形で、一部の市民の声のみが反映されるということにもなりかねません。
地域のニーズをより知っているのが、中央官庁ではなく、市町村であるように、生活に密着した知恵は最前線の市民生活の中に眠っていると思います。 市民の意見は当然玉石混交でしょうが、しっかりとしたデータに基づいた財政分析をベースとした提案には玉の割合が高いと思われます。
このような地域の知恵を施策に生かせるかどうかが、今後の市町村の行政運営能力を左右するようになることでしょう。
とはいえ、行政職員がネットサーフィンで市民の声を集めるというのもあまり実際的ではないように思われます。
そのような中で市民の声を拾い上げる議員の役割というのは重要になってくるのではないでしょうか。
議員を通してというとどうしても裏口からなにかしようというような印象を持たれる向きもあるかと思いますが、それがオープンに行われる限り、市民の声を反映させるひとつのチャンネルとして有効であると思います。
現状市民参画といっても、実際に参画している人、できる人は前回のコラムでも言及した通り、偏りが生じています。裾野の広い、実効性のある市民参画の仕組みをいかに作り上げるかが今後非常に重要になるでしょう。
その中で、行政側も市民側も「自分の考えを変える勇気」をもつべきだと思います。最初から自分の考えを変えるつもりがなければ、いくら参画をしても実のある議論は生じないでしょう。他人に無理に合わせる必要はありませんが、データと事実に謙虚向き合い、自分の考えや思いにとらわれ過ぎないようにしなければなりません。特に組織をバックに係わる人は組織の思いが重視され、事実の捉え方に無理が生じてしまう場合があるので注意が必要でしょう。
いつのまにか財政白書の話ではなく、市民参画の話になってしまいました。この分野については正直筆者の力量を超えてしまっている部分があります。 この点については長期的な検討課題としていきたいと考えています。
これで第0回から始まり今回まで10回の連載となりました。
次回は最終回として、まとめと課題とさせていただきたいと思います。

