2009年7月31日金曜日

日野市は今年も不交付団体

7/28 総務省から普通交付税(地方交付税)の算定結果が発表されました。
 http://www.soumu.go.jp/main_content/000032112.pdf
日野市は不交付団体。

 こちらの記事でも紹介のように法人税市民税が25億円から約半分の13億円へと大幅な減少が見込まれるのに、なんでーという感じですが。(ちなみに予算では6千万円を計上:あまり期待はしていなかったようです。)
 地方交付税の原資は法人税収その他の税なので、そもそもそっちの方が減少しているということがあり、不足分は一部は国が借金して、残りは各自治体が借金(臨時財政対策債)してまかなわなければなりません。
 ちなみにその借金として12億円(前年度6.3億円)を日野市は予算計上しています。

 ちなみに臨時財政対策債や地方交付税についての解説コラムはこちら。

PS 日野高校大健闘しました。もう少しで甲子園かというところだったのですが。
  少し前に巨人にスカウトされた選手もいましたし、結構強豪なのですね。

2009年7月30日木曜日

財政白書のキャラクター 千葉編

財政白書のキャラクター 第三弾をアップしました。
 懲りもせずすみません。
 こちらを参照。
  http://sites.google.com/site/siminzaiseihakusho/Home/fairu-no-okiba
 次は埼玉編を予定しています。

2009年7月29日水曜日

東洋大講座資料をアップしました。

7/6の東洋大学大学院の経済学研究科公民連携専攻の演習(記事はこちら)で使った資料を一部修正のうえ、アップしています。
 http://sites.google.com/site/siminzaiseihakusho/Home/fairu-no-okiba
 
 日野市の財政白書に関すること、財政白書を通じた市民参画についてまとめています。

2009年7月28日火曜日

地方財政+α 経常収支比率6

経常収支比率その6です。一応最終回
 今回は2つの経常収支比率。

 経常収支比率には実は2つ種類があります。
 一つは減税補てん債や臨時財政対策債を経常一般財源(つまり分母)に含めないもの
 もう一つは含めたもの。
 減税補てん債とは、景気対策のための特別減税により税収が減少したことを補てんする借金のこと。
 臨時財政対策債とは、地方交付税を交付するために不足する分の1/2をそれぞれの市が(残りの1/2は国が借金で補てん)借金してよいというもの。
 (その意味あいなど、詳しいことはこちらのコラム参照)

 現在は普通に「経常収支比率」というと臨時財政対策債などを分母に含めたものを指します。
 しかしややこしいことに、平成12年までは逆に分母に含めないものを普通の「経常収支比率」と呼んでいました。
 この2つの経常収支比率の意味合いと将来への経常収支比率への影響を調べてみましょう。

○そもそもどうして「経常一般財源」なのか?
 原則的な考え方からすれば、公債費は「経常」的なものではありませんが、
 減税補てん債が「本来であれば地方税収になっていたであろう部分」を補てんするものであること。
 臨時財政対策債が「本来であれば地方交付税になっていたであろう部分」を補てんするものであること。
 から、それぞれ「地方税」「地方交付税」と同じ性質を持つものと想定したからであろうと思われます。

○後々どうなるのだろう
 臨時財政対策債もやっぱり借金ですから返さなければなりません。
 臨時財政対策債の利子と元金は地方交付税を計算する際の基準財政需要額に入ります。

 具体的にこれによりどのようなことがおこるかというと、仮に基準財政需要額100億円、基準財政収入額80億円の市があったとします。仮に臨時財政対策債の返済が各年1億円あるとすると、基準財政需要額が101億円に増えますので、地方交付税も1億円増え、21億円になります。
 これを経常収支比率の目でみると、分母である経常一般財源も分子である経常経費充当一般財源も同じ額だけ増えるので、経常収支比率にはほとんど影響を及ぼしません。
 一方、基準財政需要額100億円、基準財政収入額120億円の市では、臨時財政対策債の返済により基準財政需要額が101億円に増えても地方交付税額は0のままなので、分子となる借金の返済額だけがカウントされることになり、経常収支は悪化することになります。

 ということで
  ~ 臨時財政対策債は、地方交付税の交付団体の経常収支比率にはほとんど影響を及ぼさない。
     不交付団体は比率が悪化する方向で働く
 というのが結論になります。とはいえ、地方交付税を減らそうという動きの中、現在交付団体であるものが将来とも交付団体である保証はないので、注意が必要かと思います。

 経常収支比率については本稿で一旦締めです。歳入はともかく歳出については具体的にどれが分子に関係するのか確定できなかったので、後半は歯切れが悪い内容になってしまったかもしれません。
 経常収支比率は少なくとも分母の方は法人市民税を含むため「経常」という言葉の印象とは違う実態があり、毎年の数値で一喜一憂すべきものではないとは思いますが、現在のところ財政の硬直化を見る指標としてはこれ以上のものはないのが現状なので、実態を理解したうえで、財政白書の方を見ていただければと思います。

今後は施策と経常収支比率との関係については、トピックスなどとの対応で適宜取り上げていこうと考えています。 

2009年7月27日月曜日

地方財政+α 経常収支比率5

地方財政プラスアルファ 経常収支比率 その5

前回に引き続き引き続き具体的な行政のアクションと経常収支比率との関係について

今回は、投資以外の行政サービスについて。なのですが、行政サービスのうちどの部分が経常的な支出と扱われているのかは、予算書・決算書を見てもわかりません。(財源は予算書をみれば大体わかる:日野市の場合)
 ここでは「経常的な支出として扱われる行政サービス」について、経常収支比率を下げる要因と上げる要因を列挙していきます。

○経常収支比率を上げる要因
 ・予算をつけてサービスを拡充・新規事業開始
  →国や都の補助があれば、あがる幅はその分低くなります。
 ・国や都の補助金が削減された
  →充当する一般財源が多くなります。
 ・補助金の一般財源化
  →個別の事業に対する補助金ではなく、その分を財政需要額に含めるものです。理論的には中立のはずですが、日野市のような不交付団体の場合には、財政需要額が増えても地方交付税が増えるわけではないので、マイナスに働きます。
 ・人件費が増えた
  →人件費はほとんどが経常経費充当一般財源にカウントされます。

○経常収支比率を下げる要因:基本的には上記と逆
 ・サービスを縮減
 ・事業の廃止
 ・経費削減を行った
 ・補助金が増えた
 ・人件費が減った

正直言って当たり前のことばかりですが、経常収支比率を上げるためには、結局は必要のある業務に絞込み、同じことをコストがかからずにできるように努力をするといった地道な取り組みをするより他ないといえます。

2009年7月26日日曜日

カリフォルニア州財政危機 関連補足

カリフォルニア州に関して以前の記事の補足記事です。

 カリフォルニア州では1994年に刑法が改正され、二回以上重罪(おおむね懲役1年以上の刑相当以上)を犯した人が3回目に有罪判決を受けたら、即終身刑になるという法律(三振法)となったとか。
 このため、カリフォルニア州では大学の予算を削って刑務所の予算を増やすことになったが、事実上この法律は高齢犯罪者の年金制度になっている。という指摘もあります。(レスター・C・サロー著 資本主義の未来P115参照 なおこの本についてはそのうちレビューの予定。)

 記事では15.8万人の受刑者ということでしたが、別報道では16.7万人とか。
 カリフォルニア州の刑務所での生活水準は隣のメキシコの村のそれよりも高いとのことなので、どうしようもなくなって犯罪を犯して(カリフォルニア州は死刑があるので死なない程度に)一生食ってはいけるようにすると考える人も、この中にはいるのでしょうねぇ。

2009年7月25日土曜日

ブックレビュー 日本の名著 二宮尊徳

今日のブックレビューは中央公論社(既に倒産) 日本の名著 二宮尊徳

 昭和45年初版発行 古本屋にて購入。市の図書館ではあるかも。大きな書店なら新しいシリーズで出ているかもしれない。

 二宮尊徳といえば、薪を背負って本を読んでいる子どもとして有名ですが、(交通安全教育上よくないというので、例の像は減っているらしいですが。)幕末に領主や農村の財政を立て直した実績とその手法が高く評価されています。
 二宮尊徳の財政再建の手法は「報徳仕法」と呼ばれ、「分度」と「推譲」が重要な柱となっています。
 分度というのは、財産相応の計画性をさし、「予算を立て、その中で生活すること」を分度を守るというようです。
 十石の収入があるところに、十一石で暮らせば貧賤が入り込み、九石で食らえば富貴が入り込むといった具合の非常に単純明快でわかりやすい。(やろうと思うとなかなかできない)。
 十石のところ九石で暮らしたらあまった一石はどうするか、それは将来や共同体のために譲る。これを推譲という、現在の感覚からすると将来への投資や公共への還元ともいえるかもしれません。
 これだけをみると「この程度のことか」と思うでしょうが、二宮尊徳はこれを徹底して行い、かつ労力と知恵を惜しまず注ぎ込み、多くの荒廃した村や武家を再生させてきたのです。

 この分度と推譲を国や市の財政に当てはめて考えるとどうでしょう。
 相馬藩の財政立て直しを図った際、その前180年間の収入をみて、分度を定めたそうです。インフレがあるので現代で同じことはできませんが、今の国や地方自治体が直近10年の収入を見た財政運営を行っているでしょうか。
  入ってくる以上に使い、将来に譲るどころか先食いをしてはいないでしょうか。

 二宮尊徳というと、戦前の修身の教科書に出てくるような古臭いイメージがありますが、尊徳の生涯を書いた「報徳記」の部分だけでも読むと、時代を超えた普遍的な考えもあり、興味深いと思います。