2010年4月12日月曜日
動画版コメンタリー 使い道の決め方
2010年4月10日土曜日
動画版コメンタリー 使い道を決めるのは難しい
そうはいっても、短期的に見ればサービスの種類によって、誰が恩恵を受けるかは大きく変わります。」
その難しいことを究極的にはわれわれ自身がしなければならない。
一刀両断してけりがつく魔法の杖のようなものなどなく、解決策は困難な道を粘り強くいかなければならない、という思いが実はこの裏にはあります。
行財政改革大綱策定全体会に出席してきました。2
行財政改革大綱策定全体会に出席してきました。
動画版コメンタリー 行政サービスについて
「みんなから集めたお金というのは、具体的にはどういうことですか。」
と思うのです。
「行政サービスのために財政が必要」というのは若干トートロジー(同義反復)的な部分があるようにも思います。解きほぐして考えると、
「行政が活動するのだから、みんなが行政の活動に必要なお金を負担する必要がある」
ということになり、極論すれば
みんなのためにならない活動でも行政が行った活動は行政活動なので、
「お上が使うんだから黙って払え」的な感じがして、
なんとなく説明として違和感を感じる部分があります
そもそも何のために行政サービスを行うかといえば、みんなの役に立つために行うわけで、つまりその役立つ活動は公的サービスであるわけです。
つまり努めて正確に言おうとすると、「公的サービスのうち行政で行うもののために財政活動が必要」ということになります。「公的なサービスのうち行政が行うべきものは何か?」に対する絶対的な答えはなく、それは別の議論になります。
行政がやるから行政サービスなんだな、ではなく、公的サービスで何を行政がやる必要があるのか、その負担を含めて常に考えていく必要があるのです。また行政以外も公的な活動を行っていることから、それらとの連携がより今後必要になるということも見えてくると思います。
なお「公共サービス」という単語は「公共サービス基本法」という法律があってその中で「国や地方公共団体の事務又は事業で特定の者に対し行われる金銭その他の物の給付又は役務の提供、規制、監督、助成、公共施設の整備その他の公共の利益の増進に資する行為で、国民が日常生活及び社会生活を円滑に営むために必要な基本的な需要を満たすもの」
と定義されています。
この法でいわんとするところの「公共サービス」が上記で説明しようとしている「行政の行う公的なサービス」と一致するのかどうかよくわからないので、法に定める「公共サービス」と混同しないようにこのワードは今回は避けました。
2010年4月9日金曜日
動画版コメンタリー 財政って何
でも、政府の財布とすると、行政サービスあるいは公共サービスといった財政活動の動的なイメージが伝わらないのではと思った。
そしてもう一つは、「財政が苦しい」といったときに、本来は自分の生活に影響することなのに、どこか他に財布があって他人事のように聞こえてしまわないか。自らの問題として捉えにくいのではないかと思ったので、採用しませんでした。
結局採用したのは、「みんなから集めたお金をみんなのために使う仕組み」。「使うこと」としてもよかったのですが、そうすると行政サービスや公的サービスと、財政活動の区別がつかなくなるので「仕組み」としてみました。
ただし、こうすると「自治会もそうじゃないか」「忘年会もそうじゃないか」となってしまうという難点もあります。
でもそのような突っ込みはあえて受け入れることとしました。
財政というと非常に難しくて手の届かないところにある何かのように思いがちですが、基本はここにあるということを明らかにしたかったからです。
(他の日を含むコメンタリーへのリンクはこちら)
動画版コメンタリー 出演者
「市民の皆様こんにちは、日野市健全財政を考える会石塚です。
平成21年度の日野市の財政白書は動画にてお届けします。よろしくお願いします。」
「市民の皆様こんにちは。日野市で3人の子供を育てている主婦です。
子供たちの未来を楽しみにしている母親として、日野市がこれからどのようになるのか、
とても関心を持っています。今日は日野市健全財政を考える会の皆さんに、日野市の財政についてお話をうかがいたいと思います。」
コメント
動画版に出演いただいたのは、財政を考える会のメンバーの奥さんです。男のほうは私本人です。説明者の方はシナリオ作成者が話すのが一番よいということで決まりました。
他人が書いたものを読むのは大変です。本人であれば台詞の趣旨がわかっているので、いいにくい台詞は趣旨をはずさない程度に言い換えられますが、他人が書いたものだとなかなかそうはいきません。
相方のほうには、相槌を打つところなどでは、言いやすいように適宜言葉を変えてもよいということにしましたが。それでも相方の方が大変だったと思います。結果としては、私よりもうまく話せていた気がしますが。
